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雑貨商から石けん卸売業へ
電気洗濯機の普及で売上好調
1974年
無添加石けんの
製造・販売に切り替える
原料にこだわり手間ひまかけて丁寧に炊き上げる「ケン化法」で作られた石けんは、合成洗剤より割高で流通業者や世間から見向きもされず、売上が一気に100分の1まで激減。100人いた従業員もわずか5人になるなど、苦しい状況が続きます。それでも「身体に悪いと思った商品を売るわけにはいかない」「安心・安全なものを求めるお客様のために」という信念を貫き、石けんへの理解・商品を普及させるための活動を続けました。
1974年、有吉佐和子作『複合汚染』が朝日新聞で連載が開始され、約半年後に合成界面活性剤が取り上げられます合成界面活性剤を使った洗剤の人体及び生態系への悪影響や石けんの安全性を知った読者、また新聞・テレビなどメディア、世間の意識向上により、「無添加」をうたう石けんに注文が殺到します。
小説の連載が終了すると、売り上げは一気に半分まで落ち込んでしまいましたが、それまで見向きもしなかったスーパーが無添加石けんを置いてくれるようになるという、大きな進歩もありました。
公害に対する意識の高まりから、全国各地で合成洗剤追放運動などの市民運動や消費者活動が巻き起こりましたが、ブームともいえるこの動きは、合成洗剤メーカーに(添加剤入りの)粉石けん製造販売を促し、また、滋賀県が発令した「リンを含む家庭用合成洗剤」だけを使用禁止とする「滋賀県琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例(通称:琵琶湖条例)」によって、無リンであれば合成界面活性剤も粉石けんも安全というイメージが広く認知されることとなりました。
1991年『自然流「せっけん」読本』を出版。それまで17年ずっと赤字で苦しい状況が続いていましたが、この本の出版が口コミを呼び、大きな転機となりました。また、1999年には身近な商品に含まれる食品添加物や化学物質などの毒性や危険性、問題点などを取り上げた『買ってはいけない』という本が、さらにその年に行われた、坂本龍一氏が人と環境との「共生」をテーマに創作・上演したオペラ「LIFE」に当社が特別協賛したことも後押しとなり、シャボン玉石けんの名前は東京でも知られるようになりました。
市民運動や消費者活動、自社の取りくみ、周囲の協力もあり、以後今日まで無添加石けんの製造を続けています。
石けん業界でいち早く「無添加石けん」を製造し、人・環境へのやさしさを訴え続けてきた私たちは、これまでもこれからも「健康な体と きれいな水を守る」という企業理念に込められた先代の想いを大切に守りながら、変わらぬ商品作りを続けて参ります。